大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)1096号 判決

被告人 赤川勇一 外一名

〔抄 録〕

検察官の控訴趣意第一について、

被告人両名に対する昭和三十六年九月二十二日起訴にかかる強盗の公訴事実は、被告人両名は枝茂信と共謀の上原判示第一の(二)記載の日時場所において益子稔及びその同伴者黒沢孝子に対し、「金を出せ」と所携のジヤツクナイフを示しながら脅迫して右益子等の反抗を抑圧し、益子より現金五百円及び腕時計一個、黒沢より現金五百円在中の財布一個及び笛一個を強取したものであるといい、また、被告人安島に対する昭和三十六年十月五日付起訴にかかる強盗の公訴事実は、被告人安島は枝茂信と共謀の上、原判示第三記載の日時場所において、油谷勲、熊谷育夫、熊谷善晴の三名に対し「早く時計を出せ」と申し向け、所携のジヤツクナイフを同人等に突きつけてその反抗を抑圧した上右三名からそれぞれ腕時計一個ずつを強取したものであるというにあるところ、原判決は被告人等の益子稔、油谷勲、熊谷育夫、熊谷善晴に対する所為は、同人等の反抗を抑圧するに足る程度に達した強大なる脅迫であつたとは認められないので、同人等に対する犯行は強盗罪を構成せず恐喝罪に過ぎない、また、黒沢孝子より五百円在中の財布一個と笛一個を取つた所為も同女に対し暴行脅迫を加えその反抗を抑圧してこれを奪つたものではない、同女が枝茂信に誘われてそれ迄腰掛けていたベンチより一時立去つたところ、被告人赤川はその隙に乗じ、同女がベンチに置いていた手提籠の中から右財布等を窃取したものであつて強盗ではないと判断して、原判示第一の(二)(三)及び第三において右益子稔、油谷勲、熊谷育夫、熊谷善晴に対する恐喝、黒沢孝子に対する窃盗の各事実を認定したことは検察官所論のとおりである。

よつて先ず被告人等の益子稔、黒沢孝子に対する犯行につき按ずるに、記録を精査検討し且つ当審事実取調の結果に徴すると、被告人両名は枝茂信と共謀の上アベツクを襲い金品を取得しようと企て、偕楽園公園の好文亭附近のベンチに腰掛け話をしていた益子稔と黒沢孝子の両名に近づき、枝は両名の前に、被告人赤川は両名の右(両名に向つて)に、被告人安島は両名の左に座り、益子に煙草を無心した上「金があるだろう」「大洗へ帰るバス賃を貸せ」「百円位あるだろう、かくしていても検査をして皆とる」等と申し向けて益子を脅迫して畏怖困惑せしめたこと、その時枝はナイフを益子の内膝の辺に触れさするようにし或いはブラブラさせたので、益子はやむを得ず二百円を出したところ、枝は「これしかないのか」と申し向け益子は更に三百円を出して枝に交付したこと、更に引き続き枝は「時計を見せろ」と要求したが益子は直ちに応じなかつたので、「おれのいうことがわからないのか」と執拗に要求したので、益子はこれ亦やむを得ず時計を外して枝に交付したこと、その後枝が黒沢に対し「一寸話があるから来い」といつて崖端に連行し恰も情交を求めるようなことをいつたが、気丈な同女が益子から取つた時計を返してやつてくれと要求し、またナイフを引込めるようにいつたので、枝がナイフをポケツトに入れた際、黒沢は益子の方にかけ戻つたこと、その時人が来るような気配がしたので、被告人等三名は一齊にその場を逃げ出したこと、被告人赤川は黒沢と枝が崖端の方へ行つた後同女がベンチに置いたままにした手提籠から五百円在中の財布と笛とを取つたことが認められる。記録並びに当審検証の結果によると本件犯行の場所は前記公園内で、人家より遠く離れており、時刻も夜九時に近く人通りもなく、また照明灯もない暗い淋しい場所であること、また被害者等は若い男女のいわゆるアベツクであり、被告人等はいずれも不良風の三人組であることは洵に検察官所論のとおりであつて、所論はかかる状況の下にて刃物を示すということは、被害者の反抗を抑圧するに足る脅迫であるというに十分であると主張する。なるほど証拠によれば、被告人等、特に枝は刃渡り一〇センチメートル位のナイフの刃を出し、これを益子の膝の辺りに触れしめ、或いはブラブラさせて益子に対し前記の如く金品を要求し、益子がその要求に応じなければ如何なる危害を加えられるかも判らないと畏怖しその結果前記の如く金品を交付したことは、これを認め得るのであるが、被告人等の右の脅迫行為が所論の如く、相手方の自由意思を制圧しその抵抗を抑圧するに足るものであるとは全証拠を以てするもいささかこれを認めるに十分とはいえないので、結局益子に対する被告人等の行為は強盗罪を構成するものとする検察官の所論はこれを容認するに躊躇せざるを得ない。

次に黒沢孝子は被告人等が益子に対し脅迫行為を為した際その場に居たことは証拠上認められるから、被告人等の言動に痛く驚愕したであろうことは、これを認めるに吝でないが、前段認定の如く同女が財布等をとられたのは、同女がベンチに置いたままにしたのを被告人赤川が持ち去つたのであるから、所論の如く同女に対し、反抗を抑圧するに足る暴行脅迫を手段としてこれを奪取したものとは、いささか認め難いことは原判決の説明するとおりである。

畢竟益子、黒沢両名に対する被告人等の本件所為は所論の如く強盗罪を構成しないといわざるを得ないので、益子については、恐喝、黒沢については窃盗と認定した原判決の判断は結局において正当というべきである。

次に被告人安島と枝茂信と共謀の上為した油谷勲、熊谷育夫、熊谷善晴に対する犯行につき按ずるに、被告人安島と枝の両名が金員をとろうと共謀し、原判示海岸を徘徊中砂浜に腰を下していた油谷勲等少年三名を発見して、枝が先ず油谷の肩に両手をかけて後に押し倒し、同人が驚いてその手を振り離そうとしたところ「喧嘩をふつかけるのか」と因縁をつけ、所携の刃渡り約十センチメートルのジヤツクナイフを取り出して、その刃先を同人の足許に突きつけながら、「時計を見せろ」と要求し、同人等を畏怖困惑させて油谷及び熊谷善晴から各腕時計一個を取り、その間被告人安島は手をポケツトに突込んで、恰も刃物を所持するが如き気勢を示しながら、被害者等の後に立ち、同被告人も熊谷育夫から腕時計一個を取つたことは証拠上認められる。記録並びに当審検証の結果によると、本件の犯行場所は人通りの少い海岸であること時刻も夕方の七時頃であつて、既に薄暗く、且つ被害者等は三人であつたとはいえ何れも少年であり、しかも不意に不良風の被告人等に襲われたものであること、前から押し倒され、ナイフを突きつけられた上、後には被告人安島が立つて取り囲むような位置で威勢を示したことはいずれも検察官所論のとおりである。所論は刃物を突きつけるということが、それ自体極めて強度な脅迫であつて、本件において被害者の足許にナイフを突きつけていることだけを以てしても、人の反抗を抑圧するに足りる脅迫であるということができるから、被告人等の本件行為は強盗罪を構成すると主張する。しかしながら、当審において取り調べた証人油谷勲、同熊谷育夫、同熊谷善晴の各証言によれば、同人等はたかりにあつた感じであつたとか、或いは何もしないで、黙つている方が無難だと思つたと供述しており、右各証言と記録上の関係証拠を総合すると、本件被害者三名が、被告人安島等の言動、特に枝がナイフを突きつけた行為により驚愕畏怖して枝等の要求に応じなければ、どんな危害を加えられるか判らないと畏れ、その結果前記の如く時計を交付したことはこれを認め得るのであるが、被告人安島及び枝の右行為が所論の如く相手方の自由意思を制圧し、その抵抗を抑圧するに足るものであるとは全証拠を以てするも、いささかこれを認めるに十分とはいえないので、結局右三名に対する本件所為を以て強盗罪を構成するものとする検察官の所論はこれを認めるに躊躇せざるを得ない。しからば被告人安島の本件所為を以て恐喝罪に該当するものと認定した原判決の判断は正当であるといわなければならない。検察官の論旨は理由がない。

(三宅 東 井波)

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